クレジット方針 収録範囲について お問い合わせ
作品COLLECTION 画家ARTISTS 流派MOVEMENTS 時代PERIODS 所蔵MUSEUMS 様式史HISTORY 用語集GLOSSARY 検索SEARCH

《道化セバスティアン・デ・モーラ》

El bufón el Primo
《道化セバスティアン・デ・モーラ》ディエゴ・ベラスケス
Wikimedia Commons / プラド美術館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ディエゴ・ベラスケス
制作年
1644年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
106.5 × 82.5 cm
広告

何もない褐色の背景の前に、小柄な道化が床に座り、短い脚をこちらへ投げ出している。緑の服に金の縁取りの赤いケープをはおり、握った両手を腿に置いて、まっすぐ見る者を見つめる。

概要

《道化セバスティアン・デ・モーラ》は、スペインの画家ディエゴ・ベラスケスが1644年に描いた油彩の肖像画で、マドリードのプラド美術館が所蔵する。館の記録では、カンヴァスに描かれ、縦106.5センチ、横82.5センチ。所蔵番号はP001202で、館の015室に展示されている。館の題は「道化エル・プリモ」。館の解説によれば、モデルは伝統的に道化セバスティアン・デ・モーラとされてきたが、近年の研究で、エル・プリモと呼ばれた道化であることが明らかになった。

画面の読み解き

館の解説によれば、人物は脚を見る者のほうへ向けて座っており、そのために背の低さが強調されている。衣服は豊かな色合いで、赤と緑が中心を占める。画面では、何も描かれていない暗い褐色の背景の前で、男が床に座り、靴の裏をこちらへ見せるように短い脚を投げ出している。緑の服の上に金の縁取りのある赤いケープをはおり、白いレースの襟と袖口をつけている。両手は握られたまま腿の上に置かれ、黒い髭の顔はわずかに傾き、まっすぐこちらを見つめている。日本語版ウィキペディアによれば、赤とその補色の緑の鮮やかな対比は、ベラスケスの作品としては例外的だとされる。

技法・様式

館の解説によれば、豊かな色彩と自在な筆さばきに、どこともわからない空間が組み合わされている。握りしめた拳と、問いかけるように見る者へ向けられたまっすぐなまなざしが、モデルと見る者のあいだにきわめて近い結びつきを生み、本作をベラスケスの肖像のなかでも、そうした直接の関係を最も強く結ぶ作品の一つにしている。日本語版ウィキペディアによれば、本作はもとは楕円形だったと考えられており、1734年の王宮アルカサルの火災のあとで不ぞろいに切り詰められた可能性がある。

来歴

館の解説によれば、この道化は1644年にフェリペ4世のアラゴン遠征に同行し、ベラスケスがそこで彼を描いたことが記録に残っている。日本語版ウィキペディアによれば、本作は遠征中のフラガで、フリック・コレクションの《フラガのフェリペ4世の肖像》とともに描かれたと考えられ、二つのカンヴァスは同じ一枚の布から取られたことが分析でわかっている。館の記録によれば、本作は王室コレクションにあり、1686年にはマドリードの王宮アルカサルの地階の通路に掛けられていた。1772年には新王宮のハビエル王子の部屋にあり、1819年に館に入った。

意義

日本語版ウィキペディアによれば、セバスティアン・デ・モーラは、1643年にフェリペ4世が弟の枢機卿王子フェルナンドの死後にフランドルから呼び寄せた小人の道化で、皇太子バルタサール・カルロスに仕え、1649年に亡くなった。モーラが「エル・プリモ」とも呼ばれていたことを示す文書がある一方、両者を別人とみる見方もあり、人物の特定は完全には決着していない。同じ記事は、ベラスケスが宮廷の小人を見世物としてではなく、王族や宮廷人と同じ人間性をもつ存在として描いたと評価されていることを紹介している。