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《フアン・デ・パレーハの肖像》

Juan de Pareja (ca. 1608–1670)
《フアン・デ・パレーハの肖像》ディエゴ・ベラスケス
Wikimedia Commons / メトロポリタン美術館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ディエゴ・ベラスケス
制作年
1650年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
81.3 × 69.9 cm
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灰褐色の背景の前に、黒い豊かな髪と口ひげ、あごひげの男性が斜めに体を向けて立ち、まっすぐこちらを見る。くすんだ緑灰色の服に、縁の擦り切れた白い襟を広げ、右手を胸の前で上着に当てている。

概要

《フアン・デ・パレーハの肖像》は、スペインの画家ディエゴ・ベラスケスが1650年にローマで描いた油彩の肖像画で、ニューヨークのメトロポリタン美術館が所蔵する。館の記録では、キャンバスに油彩で、縦81.3センチ、横69.9センチ。所蔵番号は1971.86で、第625室に展示されている。館は1971年に購入した。描かれているのは、ベラスケスの工房と家で少なくとも20年にわたり奴隷として働き、のちに画家となったフアン・デ・パレーハ(1608年頃〜1670年)である。館によれば、パレーハは南スペインの生まれで、アフリカ系の出自をもつ。

画面の読み解き

画面では、灰褐色の何もない背景の前に、パレーハが体を斜めに向けた半身像で表される。豊かに波打つ黒い髪に、口ひげとあごひげをたくわえ、顔をこちらに向けてまっすぐ見つめる。くすんだ緑がかった灰色の上着の上に、縁の擦り切れた白いレースの襟を大きく広げ、肩からはマントを掛けて、右手を胸の前で上着に当てている。光は左上から顔と襟を照らし、上着は少ない筆数で手早く描かれている。

技法・様式

館によれば、ローマに着いてまもなく、ベラスケスはこの肖像を公開した。初期の伝記によると、パレーハがこの絵を友人たちのもとへ運んで見せると、絵があまりに生き生きとしていたので、人々は畏れ入って立ちつくし、絵と本人のどちらに話しかければよいのか分からなかったという。館の2023年の報道発表によれば、この肖像は大きな称賛を受け、ベラスケスがローマで教皇や宮廷の人々の肖像を手がけるきっかけとなった。

来歴

館によれば、ベラスケスは1649年から1651年にかけて、パレーハを伴ってイタリアを旅した。肖像を描き終えて数か月のうちに、ベラスケスはローマで、1654年までにパレーハを自由の身にするという書類に署名した。当時のスペインでは、画家や彫刻家、銀細工師、木工職人の工房で奴隷の職人が働くことは珍しくなかった。旅はパレーハにとって、ヨーロッパの美術に触れる機会ともなった。館の1971年の購入は大きく報じられたが、描かれた人物についてはほとんど語られなかった。

意義

1654年に自由を得たパレーハは、マドリードで画家として成功を収めた。館は2023年4月から7月にかけて、その生涯を初めて紹介する展覧会「フアン・デ・パレーハ アフリカ系スペイン人の画家」を開いた。展覧会は、20世紀初めにスペインでパレーハの足跡を調べた、プエルトリコ生まれの黒人の研究者で収集家アルトゥーロ・ショーンバーグの仕事をたどり、左端に自画像を描き込んだプラド美術館の《聖マタイの召命》など、自由を得たのちのパレーハの作品を初めてまとめて展示した。