《フアン・デ・パレーハの肖像》
- 作者
- ディエゴ・ベラスケス
- 制作年
- 1650年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 81.3 × 69.9 cm
- 所蔵
- メトロポリタン美術館
- 時代
- バロック・ロココ
- 流派
- スペイン・バロック絵画
灰褐色の背景の前に、黒い豊かな髪と口ひげ、あごひげの男性が斜めに体を向けて立ち、まっすぐこちらを見る。くすんだ緑灰色の服に、縁の擦り切れた白い襟を広げ、右手を胸の前で上着に当てている。
概要
《フアン・デ・パレーハの肖像》は、スペインの画家ディエゴ・ベラスケスが1650年にローマで描いた油彩の肖像画で、ニューヨークのメトロポリタン美術館が所蔵する。館の記録では、キャンバスに油彩で、縦81.3センチ、横69.9センチ。所蔵番号は1971.86で、第625室に展示されている。館は1971年に購入した。描かれているのは、ベラスケスの工房と家で少なくとも20年にわたり奴隷として働き、のちに画家となったフアン・デ・パレーハ(1608年頃〜1670年)である。館によれば、パレーハは南スペインの生まれで、アフリカ系の出自をもつ。
画面の読み解き
画面では、灰褐色の何もない背景の前に、パレーハが体を斜めに向けた半身像で表される。豊かに波打つ黒い髪に、口ひげとあごひげをたくわえ、顔をこちらに向けてまっすぐ見つめる。くすんだ緑がかった灰色の上着の上に、縁の擦り切れた白いレースの襟を大きく広げ、肩からはマントを掛けて、右手を胸の前で上着に当てている。光は左上から顔と襟を照らし、上着は少ない筆数で手早く描かれている。
技法・様式
館によれば、ローマに着いてまもなく、ベラスケスはこの肖像を公開した。初期の伝記によると、パレーハがこの絵を友人たちのもとへ運んで見せると、絵があまりに生き生きとしていたので、人々は畏れ入って立ちつくし、絵と本人のどちらに話しかければよいのか分からなかったという。館の2023年の報道発表によれば、この肖像は大きな称賛を受け、ベラスケスがローマで教皇や宮廷の人々の肖像を手がけるきっかけとなった。
来歴
館によれば、ベラスケスは1649年から1651年にかけて、パレーハを伴ってイタリアを旅した。肖像を描き終えて数か月のうちに、ベラスケスはローマで、1654年までにパレーハを自由の身にするという書類に署名した。当時のスペインでは、画家や彫刻家、銀細工師、木工職人の工房で奴隷の職人が働くことは珍しくなかった。旅はパレーハにとって、ヨーロッパの美術に触れる機会ともなった。館の1971年の購入は大きく報じられたが、描かれた人物についてはほとんど語られなかった。
意義
1654年に自由を得たパレーハは、マドリードで画家として成功を収めた。館は2023年4月から7月にかけて、その生涯を初めて紹介する展覧会「フアン・デ・パレーハ アフリカ系スペイン人の画家」を開いた。展覧会は、20世紀初めにスペインでパレーハの足跡を調べた、プエルトリコ生まれの黒人の研究者で収集家アルトゥーロ・ショーンバーグの仕事をたどり、左端に自画像を描き込んだプラド美術館の《聖マタイの召命》など、自由を得たのちのパレーハの作品を初めてまとめて展示した。