《中断された音楽の稽古》
- 作者
- ヨハネス・フェルメール
- 制作年
- 1658–1659年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 39.4 × 44.5 cm
- 所蔵
- フリック・コレクション
- 時代
- バロック・ロココ
- 流派
- オランダ黄金時代の絵画
窓から光の差す部屋で、テーブルについた赤い上着の娘が紙を手にしたまま、こちらへ顔を上げる。かたわらの男は身をかがめ、二人のあいだの紙をのぞき込んでいる。
概要
《中断された音楽の稽古》は、オランダの画家ヨハネス・フェルメールが1658年から1659年頃に描いた油彩の風俗画で、ニューヨークのフリック・コレクションが所蔵する。館の記録では、カンヴァスに描かれ、縦39.4センチ、横44.5センチ。所蔵番号は1901.1.125で、館の1階19室(南ホール)に展示されている。館によれば、現存するフェルメールの絵はおよそ34点で、そのうち3点をフリック・コレクションが持つ。
画面の読み解き
館の主任学芸員エイミー・ングの音声解説によれば、座った若い女は、立っている男とのやりとりから顔を上げ、まるで絵を見る者が二人の邪魔をしたかのようにこちらを見る。男はなおも何かに没頭していて、二人はともに一枚の紙に手を置いている。それはテーブルの上の楽譜と同じく楽譜なのか、それとも手紙なのか。当時のオランダでは音楽を奏でることは求愛と結びついており、その結びつきは、二人の背後の影になった壁に掛かるキューピッドの絵によって強められているようだという。テーブルの上には、弦をはじく楽器シターンらしきものと、繊細に描かれた赤ワインのグラスがある。窓辺の椅子には獅子の頭が彫られ、そのたてがみが光に照らされている。
技法・様式
館の解説によれば、フェルメールはこうした室内の場面で最もよく知られ、それらはデルフトの自宅の2階のアトリエで組み立てられたのかもしれない。テーブルの上の青と白の水差しは、ヨーロッパ風の銀の蓋をつけた中国の磁器とみられ、フェルメールの故郷デルフトの名産デルフト焼は、こうした磁器にならってつくられた。窓辺の鳥籠は、のちに別の手が描き加えたものである。日本語版ウィキペディアによれば、鳥籠を後の加筆と指摘したのは1899年のコルネリス・ホフステーデ・デ・フロートで、キューピッドの絵は1907年の修復まで上塗りで隠されていた。
来歴
館の記録によれば、本作は1810年8月1日にアムステルダムで開かれたピーテル・デ・スメス・ファン・アルフェンの競売で610フローリンで売られ、その後アムステルダムで1811年と1820年の競売を経た。1853年6月25日のロンドンでのサミュエル・ウッドバーンの競売でサフラン・ウォールデンのフランシス・ギブソンに渡り、その娘ルイス・フライ夫人、ローリー商会、ノードラー画廊を経て、1901年にヘンリー・クレイ・フリックが入手した。
意義
館は、本作が稽古の中断を描いているのかもしれないが、当時のオランダ絵画では音楽が恋のたとえとしてよく用いられたので、二人の関係は教えるというより恋愛に近いのではないかと推測されてきたと述べる。日本語版ウィキペディアによれば、研究者エディ・デ・ヨングは、キューピッドの絵をオットー・ファン・フェーンの『愛のエンブレム集』(1608年)に由来する、恋人はただひとりであるべきだという戒めと読む。一方で、ウォルター・リートケは、その解釈に必要な図像の持ち物が欠けていると指摘している。