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《マヌエル・オソーリオ・マンリーケ・デ・スニガの肖像》

Don Manuel Osorio Manrique de Zúñiga, niño
《マヌエル・オソーリオ・マンリーケ・デ・スニガの肖像》フランシスコ・デ・ゴヤ
Wikimedia Commons / メトロポリタン美術館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
フランシスコ・デ・ゴヤ
制作年
1787–1788年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
127 × 101.6 cm
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灰緑色の何もない部屋に、赤い服に光沢のある帯を締めた幼い少年が立つ。手に持つひもの先ではカササギが画家の名刺をくわえ、足もとの暗がりから3匹の猫が目を光らせ、右には小鳥の入った鳥かごが置かれる。

概要

《マヌエル・オソーリオ・マンリーケ・デ・スニガの肖像》(英: Manuel Osorio Manrique de Zuñiga (1784–1792))は、スペインの画家フランシスコ・デ・ゴヤが1787年から1788年にかけて描いた油彩画である。縦127センチ、横101.6センチのキャンバスで、ニューヨークのメトロポリタン美術館が所蔵する。モデルは、アルタミラ伯爵ビセンテ・ホアキン・オソーリオ・デ・モスコソ・イ・グスマンの次男マヌエルである。同館は、3歳か4歳の少年を描いたこの絵が、「赤い服の少年(レッド・ボーイ)」の通称で親しまれ、館で最も人気のある絵の一つになってきたとする。

画面の読み解き

スペインのゴヤ財団(アラゴン・ゴヤ財団)の作品目録によれば、少年は全身の立ち姿で、腰に帯を締めた鮮やかな赤い服を着る。右手に持つひもの先にはカササギがつながれ、くちばしに画家の署名のある小さな紙をくわえる。紙には「ドン・フランシスコ・ゴヤ」と書かれている。足もとでは3匹の猫がカササギをうかがい、反対側には鳥かごが置かれる。メトロポリタン美術館は、かごの中の鳥をフィンチとする。少年は肩までの髪を切りそろえ、白いレースの襟と袖口、リボンのついた白い靴をつけて、まっすぐこちらを見る。画面の下端には、「ヒネスの領主マヌエル・オソーリオ・マンリーケ・デ・スニガ殿、1784年4月11日生まれ」という銘がある。財団は、これらの要素を寓意画のように読み解くこともでき、子どもの世界と悪の力とを分けるもろい境や、幼い無垢の傷つきやすさを示すものとみなせるとしている。

技法・様式

背景には何も描かれず、灰緑色の壁と床の境もぼんやりしている。光は少年の顔と赤い服、白いレースと光沢のある帯に集まり、左の暗がりに沈む猫の目と、右の鳥かごの細い格子が、その両側を引き締める。メトロポリタン美術館によれば、伯爵家の肖像はいずれも1786年から1788年に描かれ、そのころのゴヤは、貴族の肖像画に取り組みはじめたところだった。

来歴

財団によれば、父のアルタミラ伯爵は1756年生まれで、同時代で最も裕福な一人に数えられ、サン・カルロス銀行(いまのスペイン銀行)の最初の理事の一人でもあった。王立サン・フェルナンド美術アカデミーの会員で、その美術の収集は王家のそれに比べられるほどだった。メトロポリタン美術館によれば、同行はゴヤに肖像の連作を注文し、財団が引く1787年1月30日付の同行の受領書には、国王、伯爵、トローサ侯爵の肖像の代金として1万レアルが記されている。財団によれば、本作は注文主の伯爵のもとから1878年に売られて個人の収集に入り、1903年から1925年まではパリのベルンシュタインの収集にあり、1925年から1927年のあいだにニューヨークの銀行家ジュールズ・S・ベイチの手に渡った。1949年、ベイチの収集の一点として同館に入った。

意義

同館の題が示すとおり、少年は1792年に没した。2014年4月22日から8月3日まで、同館は「ゴヤとアルタミラ家」展を開き、ゴヤが描いた一家の肖像4点をはじめて一堂に集めた。スペイン銀行が所蔵する伯爵の全身像、同館のロバート・レーマン・コレクションにある伯爵夫人と娘マリア・アグスティナの肖像、財団によれば2006年からヒューストン美術館にある長男ビセンテ・イサベルの肖像、そして本作である。同じころゴヤの弟子アグスティン・エステベが描いた、真ん中の息子フアン・マリアの肖像も、クリーブランド美術館から出品された。