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《生命のダンス》

Livets dans
《生命のダンス》エドヴァルド・ムンク
Wikimedia Commons / オスロ国立美術館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
エドヴァルド・ムンク
制作年
1899–1900年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
125 × 191 cm
流派
象徴主義
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夏の夜、フィヨルドのほとりの草地で人々が踊る。手前では赤いドレスの女と黒い服の男が身を寄せ合い、その左に白いドレスの若い女、右に黒い服の年配の女が立つ。海には月の光が柱のように映っている。

概要

《生命のダンス》(ノルウェー語: Livets dans)は、ノルウェーの画家エドヴァルド・ムンクが1899年に描きはじめ、1900年に仕上げた油彩画である。縦125センチ、横191センチのキャンバスで、オスロ国立美術館が所蔵する。愛と人の一生を描いた連作「生命のフリーズ」に最後に加えられた作品で、館はムンクの象徴主義の時代の頂点とみる。

画面の読み解き

オスロ国立美術館の解説によれば、夏の夜、フィヨルドのほとりの草地に人々が集まって踊っている。手前の中央では、長い赤いドレスの女が黒い服の男の肩に片腕をまわし、二人は身を寄せ合う。その左には白いドレスの若い女が、右には黒い服の年配の女が立つ。白い女はほほえみ、そのそばには小さな花が咲く。黒い女は両手を前で組み、こわばった顔で立ちつくす。後ろで踊る別の組は、大きくうねる筆づかいで手短にとらえられ、その速さとリズムが前景の人物の動かない姿と対照をなす。岸辺の線と水平線、海に映る月が、気分を伝える背景をつくる。館は、女が若く希望に満ちた姿から、年老いてやつれた姿まで、人生の異なる段階と気分で描かれているとし、抱き合う中央の女の赤を愛の色とする。

技法・様式

キャンバスに油彩で描かれる。館によれば、ムンクは本作を、フィレンツェへ旅してイタリア・ルネサンスの絵画を学んだあとに描いた。当時はフリーズ(帯状の装飾画)が流行しており、ルネサンスの絵画はたびたびその手本となった。強い色と、輪郭のはっきりした色面の使い方には、ポール・ゴーギャンと総合主義の影響が表れている。画面には二つの署名があり、左下に「E. Munch 99」、右上に「E. Munch 1900」と記されて、1899年に描きはじめ1900年に仕上げたことを示す。

来歴

館によれば、本作は1900年のドレスデンでの展覧会に、夏至祭の前夜を意味する《ヨハネの夜》(独: Johannisnacht)の題で初めて出品された。1902年のベルリン、1903年のライプツィヒ、1904年のクリスチャニア(現オスロ)、1905年のプラハと、「生命のフリーズ」を紹介した主な展覧会のすべてで中心の位置を占め、ベルリンでは「愛の開花と衰え」の組に入れられた。1904年のクリスチャニアで《生命のダンス》の題になった。1910年、収集家オーラフ・スコウがクリスチャニアでのムンクの展覧会で本作を買い、そのまま館に寄贈した。所蔵番号はNG.M.00941で、いまはムンクの作品を集めた第60室に展示されている。

意義

館は、本作が男と女の関係、孤独、悲しみ、死といった「生命のフリーズ」の多くの主題をまとめあげているとする。ムンクはのちに同じ構図をくり返し、リンデ・フリーズ(1904年)やラインハルト・フリーズ(1906〜1907年)、フレイア・フリーズ(1922年)にも踊る男女を描いた。1925年1月には館の模写の名簿に署名して本作を自ら写し、より色の豊かな後の版を残している。館によれば、ムンクはマネやドガ、スーラと同じく、世紀の変わり目のダンスを一つの文化の現象として描いた。画家自身は、信心深い家で踊りを習わず、踊りへの報われない恋に苦しんだと書き残している。