《寝床に就く妻を下臣ギュゲスに密かに見せるリディア王、カンダウレス》
赤い幕の下がる寝室で、裸の王妃が背を向けて寝台に片膝をかけ、両腕を上げて髪と薄布に手をやる。寝台では王が横になってそれを眺め、右の扉の陰からは、赤い頭巾の男がうずくまって王妃をのぞき見ている。
概要
《寝床に就く妻を下臣ギュゲスに密かに見せるリディア王、カンダウレス》(英: Candaules, King of Lydia, Shews his Wife by Stealth to Gyges, One of his Ministers, as She Goes to Bed)は、イギリスの画家ウィリアム・エッティが1830年の王立美術院の展覧会に出品した油彩画である。縦45.1センチ、横55.9センチの小さなキャンバスで、ロンドンのテート・ブリテンが所蔵する。1855年に出たアレグザンダー・ギルクリストの伝記の出品作一覧は、題に「ヘロドトス」と添えている。古代ギリシアの歴史家の物語に取材した歴史画の体裁をとる作品である。
画面の読み解き
ヘロドトスの『歴史』第1巻によれば、サルディスを治めたリディアの王カンダウレスは、自分の妻をこの世で最も美しい女だと信じ込み、信頼する護衛のギュゲスに、その裸を自分の目で確かめさせようとした。王はギュゲスを寝室の開いた扉の陰に隠し、王妃が衣を脱いで寝台へ向かうところを見せる。しかし王妃は、部屋を抜け出すギュゲスに気づいていた。翌日、王妃はギュゲスに、王を殺して自分と王位を手に入れるか、自ら死ぬかを選ばせ、ギュゲスは眠る王を殺して王となった。画面の中央では、裸の王妃が背を向けて寝台に片膝をかけ、両腕を上げて髪と白い薄布に手をやる。左では王が寝台に横たわり、その姿を眺める。右の扉の陰では、赤い頭巾をかぶったひげの男が、身をかがめて王妃をうかがう。背後には円柱とアーチが並び、床は色の違う石を市松に敷き詰めている。
技法・様式
ギルクリストは、本作を、裸の人体の表現と色彩の調和を追うための主題として、紛れもなく不快な、あえて言えば好ましくない題材を選んだ、エッティの作品のなかでほとんど唯一の例とする。一方で、その扱いは純粋に芸術的で、責められるところはないとし、色彩の点ではこの小さな絵は一つの勝利だと述べている。伝記は、画家の晩年に増えた裸体の群像について、本作のような名目上の「歴史」の主題も、画家がいちばん好んで描いた人体を存分に描くための口実にすぎなかったとも書く。
来歴
ギルクリストによれば、1830年の王立美術院の展覧会には、本作とともに《進み出るユディト》や《嵐》などが出品された。所蔵館のデータによれば、本作は1847年に収集家ロバート・ヴァーノンから寄贈され、所蔵番号はN00358である。ギルクリストの伝記が出た1855年には、ヴァーノンの寄贈作品を集めた「ヴァーノン・ギャラリー」にあった。所蔵館には、同じ年にヴァーノンから贈られたエッティの油彩が、本作を含めて11点ある。
意義
2001年から翌年にかけてテート・ブリテンで開かれた「Exposed: The Victorian Nude」展にも出品され、『アート・ニューズペーパー』の評は、本作をエッティが最もポルノグラフィーに近づいた作品と書いた。同展の米国への巡回を紹介した美術週刊紙は、本作が見る者を、盗み見るギュゲスと同じのぞき見る者にしてしまうと述べ、批評家たちは私的な場でなければ見せられない絵だとみなしたとする。2018年には、横浜美術館の「ヌード NUDE ―英国テート・コレクションより」展で日本でも公開された。