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ウィリアム・エッティの肖像

《自画像》1823年、紙に油彩(板に貼付)、イェール英国美術研究センター。裏面に同年9月ヴェネツィアで描いたと記す

Wikimedia Commons / イェール英国美術研究センター / Public domain
生没年
1787–1849年
国籍
イギリス
本DB収録 1 点

ウィリアム・エッティ

William Etty

1787年にヨークで生まれ、1849年に同地で没したイギリスの画家。王立美術院で学び、古典や聖書、文学に取材した裸婦の絵で、称賛と非難の両方を集めた。

略歴BIOGRAPHY

生涯

ヨーク市民トラストによれば、1787年3月10日、イングランド北部のヨークで、パン屋を営む家に生まれた。1798年、11歳でハルの印刷業者のもとに7年の年季奉公に出て、1805年にロンドンへ移る。王立美術院によれば、1807年1月に同院の美術学校に入った。同じ年、伯父の援助で肖像画家トマス・ローレンスの弟子として1年学んでいる。1811年に初めて王立美術院の展覧会に入選し、1821年から1823年にはフランスとイタリアを巡った。1824年に王立美術院の準会員、1828年に正会員に選ばれる。故郷ヨークの城壁の保存運動や美術学校の設立にも力を尽くし、1849年11月13日に没して、ヨークのセント・オレイヴ教会の墓地に葬られた。

様式の変遷

ヨーク美術館によれば、40年の画業で風景や肖像も描いたが、最もよく知られるのは、繰り返し描いた女性の裸体である。古い巨匠たちを熱心に学んで繊細な模写を残し、裸のモデルを描く写生の授業にも情熱を注いで、多くの油彩の習作を描いた。1855年のアレグザンダー・ギルクリストの伝記によれば、晩年になるほど、裸の人体の群像そのものを描くことが増え、名目上の歴史画の主題も、人体を描くための題目になっていった。

代表作

《寝床に就く妻を下臣ギュゲスに密かに見せるリディア王、カンダウレス》(1830年、テート・ブリテン)、《青春は舳先に、快楽は舵に》(1832年、同)、《セイレーンたちとユリシーズ》(1837年)が知られる。

影響

ヨーク美術館によれば、エッティの絵は19世紀前半、ターナーを除けばほかのどのイギリスの画家よりも世論を二分した。ルーベンスやヴェネツィア派に並ぶ古い巨匠の後継者とたたえられる一方、豊かな色彩はきわどい裸体の見せ方を隠すためだと疑われた。ヨーク市民トラストによれば、没後、作品は高値で取引されるようになった。1911年にはヨーク美術館の前に彫像が建てられ、2011年には同館が50年ぶりの本格的な回顧展を開いた。

代表作MAJOR WORKS

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