《グルンヴァルトの戦い》
- 作者
- ヤン・マテイコ
- 制作年
- 1875–1878年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 426 × 987 cm
- 所蔵
- ワルシャワ国立美術館
- 時代
- 写実・印象派
横およそ10メートルの画面いっぱいに、槍と旗と馬がひしめいている。中央では赤い衣の大公が剣を振りかざし、その左ではドイツ騎士団の総長が槍に突かれて落馬しかけている。1410年の合戦を描いたポーランド歴史画の代表作である。
概要
《グルンヴァルトの戦い》(波: Bitwa pod Grunwaldem)は、ヤン・マテイコが1875年から1878年にかけて描いた油彩画である。縦426センチ、横987センチ。ワルシャワのワルシャワ国立美術館が所蔵する。1410年7月15日、ポーランド・リトアニア連合軍がドイツ騎士団を破った合戦を主題とする歴史画で、国家が地図から消えていた時代に描かれた点で特別な位置を占める。
画面の読み解き
中央で赤い衣をまとい、馬上に立ち上がって両腕を広げ剣を掲げるのが、リトアニア大公ヴィタウタス(ポーランド名ヴィトルト)である。画面の主役は国王ヴワディスワフ2世ヤギェウォではなく大公に与えられ、国王は右奥、森を背にした馬上から戦いを見ている。その左、画面のほぼ中央から左寄りの前景では、白い上衣に黒十字のドイツ騎士団総長ウルリヒ・フォン・ユンギンゲンが、半裸の歩兵二人に槍で突かれて落馬しかけている。空の高みには光背をともなったポーランドの守護聖人、クラクフ司教スタニスラウスが現れ、連合軍を祝福する。左端の遠景には風車と燃える集落、右端にはドイツ騎士団の黒十字の大旗が立つ。
技法・様式
武具、旗、馬具は古い記録から起こされており、考証の細かさが画面の密度を支えている。色は赤・白・金を要所に置き、鈍い金属色と泥の褐色が全体を締める。遠近は浅く取られ、地平線を高くして人馬の塊を前面に押し出すため、見る者は戦いの只中に置かれる。一方で史実の時間を厳密になぞるより、主要な人物を一つの場面に集めて物語を読ませる作りになっている。
来歴
最初の油彩下絵は1872年にさかのぼり、1874年から本格的な準備が始まって、1875年に大画面へ取りかかった。完成は1878年9月。それに先立つ同年2月、ワルシャワのダヴィト・ローゼンブルムが45,000グルデンで買い取っており、9月にクラクフ市庁舎の広間で初めて公開された。1902年にワルシャワ美術奨励協会(ザヘンタ)の所有となる。第二次世界大戦中は、ドイツ側が所在を知らせた者に懸賞金を出したと伝えられるなか、円筒に巻かれてルブリンの市営車庫の小屋に埋められた。1944年に掘り出されたときの状態はきわめて悪く、ボフダン・マルコーニが修復にあたっている。1949年からワルシャワ国立美術館にある。所蔵番号MP 443。2010年6月から2012年8月にかけて大規模な修復が行われ、古い蝋樹脂の裏打ちが除かれて、同年9月に再公開された。
意義
ポーランドが分割によって地図の上から消えていた時代に、過去の勝利を実物大を超える大きさで示した作品である。マテイコはこののちも歴史の場面を描き続け、ポーランド人が自国の過去を思い描くときの図像をほぼ一人で決めた。本作は今日もワルシャワ国立美術館の一室を占め、同国でもっとも知られた絵画として扱われている。