《アポロンとダフネ》
- 作者
- ピエロ・デル・ポッライオーロ
- 制作年
- 1470–1480年
- 素材
- 板 / 油絵具
- 寸法
- 29.5 × 20 cm
- 時代
- ルネサンス
川の流れる谷を背に、金糸の狩り装束のアポロンが駆け寄って、若い娘を腰から抱きとめる。娘の両腕はすでに茂った月桂樹の枝に変わり、片脚は幹となって大地に根を下ろす。遠くには町と青くかすむ山並みが見える。
概要
《アポロンとダフネ》は、フィレンツェの画家ピエロ・デル・ポッライオーロがおそらく1470年から1480年に描いた小さな油彩の神話画で、ロンドン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する。館の記録では、縦29.5センチ、横20センチの板に描かれ、所蔵番号はNG928。1876年にウィン・エリスの遺贈で館に入った。館は、この小さな絵が、神々の争い、欲望の力と危うさ、報われない恋の悲劇という大きな主題を扱っているとする。
画面の読み解き
館の解説によれば、物語は、変身をめぐる神話を集め、ルネサンスの画家と注文主に大いに好まれた古代ローマの詩人オウィディウスの『変身物語』にもとづく。からかわれた仕返しに、キューピッドはアポロンに金の矢を射てダフネへの激しい欲望をかき立て、ダフネには鉛の矢を射て、美しい太陽の神をいとわしく思わせた。アポロンが追いかけると、ダフネは丘を越えて逃げ、娘を哀れんだ父の川の神ペネイオスは、娘を月桂樹に変えてアポロンの抱擁から逃れさせた。画面では、ダフネの左脚がすでに地に根を張った幹となり、両腕は茂った枝に変わって、追いすがったアポロンの足は止められる。アポロンは止まりきれないうちに娘の腰を強く抱き、その右脚と白い布は後ろへ流れている。ダフネも走る途中で凍りついたようになり、衣の裂け目からのぞく脚が、つかの間アポロンの脚とからみ合う。
技法・様式
館によれば、アポロンは、金糸を織り込み宝石をちりばめた優雅な狩りの装束を着た貴族の若者として描かれ、左腰には矢筒を下げている。ダフネは、色白で金髪の、慎み深げなペトラルカ風のルネサンスの美女である。ポッライオーロは神話の舞台をフィレンツェの田園に置き、背景にはフィレンツェを流れるアルノ川の谷と、フィレンツェそのものとみられる遠くの町を描いた。川の手前で行われている小さな狩りの場面は、注文主たちの宮廷の楽しみを映すと同時に、物語そのものとも響き合う。丘に散らばる花や、川面に映る木々、遠くのかすむ山並みといった細やかな描写は、教養ある注文主が間近に眺めて楽しむためのものだったことを示している。
来歴
館によれば、本作はかつて、婚礼の長持(カッソーネ)の側板と考えられていたが、おそらく独立した絵として描かれた。大切な品として、見ないときはビロードの袋にしまわれていたかもしれない。館の来歴によれば、1845年1月4日にウィリアム・カニンガムがローマで入手し、1849年6月9日の売り立てでホワイトが購入した。のちにウィン・エリスの所有となり、1876年の遺贈で館に入った。2008年から2009年には、メトロポリタン美術館とキンベル美術館の展覧会「ルネサンス・イタリアの美術と愛」に出品された。
意義
館の解説によれば、ダフネは手に入らない愛を代表する例で、14世紀の詩人ペトラルカが詩にうたった。月桂樹(ラウロ)にちなむ名をもつ恋人ラウラをたたえるペトラルカのソネットはフィレンツェの上流の人々に愛され、決して手の届かない女性への愛は、宮廷の理想の恋となった。館は、本作が、月桂樹を個人の紋章の一部とし、炎の神アポロンに自らをなぞらえたロレンツォ・デ・メディチのために描かれた可能性も挙げている。