《新しい天使》
大きな頭に巻き毛のような渦を巻きつけた天使が、目を見開き、口を開けて、翼を高く広げている。何かから遠ざかろうとしながら、なおそれを見つめているかのようなその姿は、黄土色のむらの中に細い線で浮かぶ。
概要
《新しい天使》(ラテン語: Angelus Novus)は、パウル・クレーが1920年に描いた作品である。縦31.8センチ、横24.2センチの紙に、油彩転写と水彩で描かれ、エルサレムのイスラエル博物館が所蔵する。目を見開き、翼を広げた天使を描いた小品で、思想家ヴァルター・ベンヤミンが1921年に手に入れ、最後の著作の一つ「歴史の概念について」で「歴史の天使」として論じたことで広く知られるようになった。ベルリン国立博物館群は、20世紀を代表する作品の一つと位置づける。
画面の読み解き
画面の中央に、正面を向いた天使が一人立つ。体に比べて頭が大きく、紙を巻いたような渦がその頭を囲む。見開いた目は画面の左へ向けられ、開いた口には歯がのぞく。腕のような翼は高く広げられ、足は小さな鉤爪の形をしている。細い線で描かれた体には、淡い黄色や赤褐色が薄く重ねられ、背景は黄土色と茶色のむらのある染みに覆われる。右下には署名と「1920 32」の年と作品番号が記され、紙は、左下に題を書き込んだ台紙に貼られている。
技法・様式
ニューヨーク近代美術館の図録によれば、クレーは1919年に油彩転写の技法を編み出した。薄い紙の片面に油絵具などを塗って複写紙のようにし、素描を上に置いて針でなぞると、下の紙に線が写る。手の圧で紙の目も写り、こすった跡や偶然の模様も一度きりの版のように写し取られる。本作の細い線も、この方法で写された。ユダヤ博物館(ニューヨーク)で2026年に講演した美術史家アニー・ボーヌフによれば、クレーは本作を初めての大きな個展に送ったとき、鳥の足をもつ生き物を描いた鉛筆素描を手元に残した。
来歴
ドイツのユダヤ系週刊紙ユーディッシェ・アルゲマイネによれば、ベンヤミンは1921年にミュンヘンの画廊で本作を買い、ベルリンで住まいを移るたびに手元に置いた。1933年に亡命先のパリへ逃れると、2年後に友人たちが絵を届けた。ベンヤミンは1940年に亡命の途中で没し、絵は、ベンヤミンが遺した意思によって友人ゲルショム・ショーレムに渡り、エルサレムに移った。所蔵館は、ファニアとゲルショム・ショーレム夫妻らの寄贈として所蔵する。所蔵番号B87.0994。光による傷みを避けるため、同館はしばしば複製を代わりに展示している。2025年には例外としてベルリンのボーデ博物館に、2026年にはニューヨークのユダヤ博物館に貸し出された。
意義
ベンヤミンは1940年の「歴史の概念について」の第9テーゼに、こう書いた。「クレーの描いた《新しい天使》という絵がある。そこには、じっと見つめている何かから、いまにも遠ざかろうとしているかのような天使が描かれている。目は見開かれ、口は開き、翼は広げられている。歴史の天使はこのような姿をしているにちがいない」。天使は過去に顔を向け、そこに積み重なる瓦礫を見ているが、楽園から吹く嵐に翼をとらえられ、背を向けた未来へ押し流される。「われわれが進歩と呼ぶもの、それがこの嵐である」。ベルリン国立博物館群によれば、ヴィム・ヴェンダースの映画『ベルリン・天使の詩』(1987年)も、本作とベンヤミンの解釈にはっきりと触れている。