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所在地
イタリア・ローマ
本DB収録 1 点

ヴィッラ・ルドヴィーシ

Villa Ludovisi

ローマのピンチャーナ門の近くにあったルドヴィーシ家の広大な庭園邸宅。19世紀末に分割されて住宅地となり、1570年に建てられた館カジノ・アウローラが残る。館にはカラヴァッジョ唯一の天井画《ユピテル、ネプトゥヌスとプルート》と、グエルチーノの《名声》などの天井画がある。

解説OVERVIEW

概要

ヴィッラ・ルドヴィーシは、ローマのピンチャーナ門の近くにあったルドヴィーシ家、のちのボンコンパーニ・ルドヴィーシ家の庭園邸宅である。今日その名残として残る館は、カジノ・アウローラ、またはカジノ・ディ・ヴィッラ・ボンコンパーニ・ルドヴィーシと呼ばれる。一族の文書館(アルキーヴィオ・ボンコンパーニ・ルドヴィーシ)がグーグル・アーツ・アンド・カルチャーで公開している解説によれば、館は1570年にローマで最も高い地点に建てられ、1621年からルドヴィーシ家、続いてボンコンパーニ・ルドヴィーシ家の当主が所有してきた。カラヴァッジョ、グエルチーノ、タッシ、ドメニキーノらの天井画で知られる。

収蔵品

一族の文書館の解説によれば、館の2階には、カラヴァッジョが石膏の上に油彩で描いた唯一の作品である《ユピテル、ネプトゥヌスとプルート》と、グエルチーノが1622年に教皇グレゴリウス15世ルドヴィーシの在位をたたえて描いたフレスコ画《名声》がある。1階の広間は1622年から1624年にかけて、グエルチーノ、タッシ、ドメニキーノらが装飾した。館を買ったばかりのルドヴィーコ・ルドヴィーシ枢機卿は、ここを自身の新しい収集の中心にしようとし、グエルチーノとタッシにだまし絵のような天井装飾を描かせて、ボローニャで生まれた錯視的な絵画をローマにもたらした。庭には、ミケランジェロ作とされる《パン》の像や、古代ローマの銘文が残る。

歴史

一族の文書館によれば、館の建つ場所にはかつてユリウス・カエサルの別荘があり、のちに歴史家サルスティウスの手を経て、ローマ皇帝家の所有となった。カラヴァッジョの後援者だったフランチェスコ・マリア・デル・モンテ枢機卿は、1596年から1621年まで館を所有した。1621年に館を買い取ったルドヴィーコ・ルドヴィーシ枢機卿は、伯父が教皇グレゴリウス15世に選ばれた年に枢機卿となった人物である。館の塔の二つのテラスは19世紀までローマの歴史地区で最も高い地点で、1620年代にはガリレオも天体観測に使った。1885年にヴィッラ・ルドヴィーシが解体されると、周囲は大規模に再開発され、館は塀に囲まれた敷地の中に残った。

見学

館は一族の私邸で、常設の美術館としては公開されていない。ローマの英字誌『ワンテッド・イン・ローマ』の2022年10月の記事によれば、2018年にニッコロ・ボンコンパーニ・ルドヴィーシ公が亡くなったのち、遺言をめぐる相続の争いから、裁判所の命令で館が競売にかけられたが、2022年中に3度入札が無かった。同記事は、館がイタリアの文化財保護法で守られ、購入者にはさらに修復費の負担が課されること、国には売買の合意から60日間の先買権があることも伝えている。

収録作品COLLECTION

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