- 時期
- 1928–1945年
- 地域
- アメリカ合衆国(中西部)
- 時代
- 20世紀
リージョナリズム
1930年代のアメリカで、中西部の画家たちが故郷の農村の暮らしや風景、郷土の歴史を、誰にでも読める写実で描いた絵画の動向。大恐慌の時代に広く支持された。「地方主義」とも訳される。
解説OVERVIEW
定義と時代背景
リージョナリズムは、1930年代のアメリカで、中西部の画家たちが自らの土地の農村の暮らしや風景、郷土の歴史を写実的に描いた絵画の動向を指す。中心となったのは、ミズーリ州のトマス・ハート・ベントン、カンザス州のジョン・スチュアート・カリー、アイオワ州のグラント・ウッドの三人である。ワシントンのナショナル・ギャラリーは、彼らが大恐慌の時代に台頭し、ニューヨークが推し進める国際的で都会的なモダニズムに対して、中西部の故郷や国じゅうの普通の働く人々の暮らしと関心を映す芸術を唱えたと説明する。ホイットニー美術館は、貧しい大恐慌の時代に草の根の農村の価値をたたえた運動と要約している。
造形上の特徴
主題は、畑や農場、小さな町の人々、信仰の場面、開拓時代の伝説や歴史など、アメリカの日常と過去である。抽象へは向かわず、誰にでも読める具体的な形と物語で描いた。ただし手法は画家ごとに大きく異なり、ウッドは北方ルネサンスの絵画に学んだ、輪郭のくっきりした滑らかな画面を特徴とする。ベントンは卵テンペラに油彩を重ねる技法で、働く人々が群れ動く大きな壁画を描いた。
代表画家と代表作
カリーの《カンザスの洗礼》(1928年、ホイットニー美術館)は、同年ワシントンのコーコラン美術館で展示され、運動の出現を告げる作品となった。ウッドの《アメリカン・ゴシック》(1930年、シカゴ美術館)は、同年のシカゴ美術館の年次展で賞を受けて広く知られた。ベントンはニューヨークの新社会調査学校のために壁画《アメリカ・トゥデイ》(1930〜31年、メトロポリタン美術館)を描いた。1934年12月24日号の『タイム』誌は、ベントンを表紙に彼らの絵画を熱心に紹介し、「リージョナリスト」の名を広めた。もっともベントン自身は、三人は自分たちを単に「アメリカの画家」と考えていたと回想している。
前後の流派との関係
同じ時代にアメリカの都市や人々を写実的に描いた「アメリカン・シーン」の絵画と重なり合う動向である。ベントンは1935年にニューヨークを離れてカンザスシティに移った。その前にニューヨークのアート・スチューデンツ・リーグでベントンに学んだジャクソン・ポロックは、1940年代に抽象表現主義の旗手となり、アメリカ美術の関心は抽象へと移っていく。近年は、農村を懐かしむ絵画というだけでなく、モダニズムそのものを形づくる一筋の流れとして見直されている。