
《自画像》1873年、油彩、トレチャコフ美術館
Wikimedia Commons / トレチャコフ美術館 / Public domain- 生没年
- 1848–1926年
- 国籍
- ロシア
- 様式
- 移動派
ヴィクトル・ヴァスネツォフ
1848年にヴャトカ県の村で生まれ、1926年にモスクワで没したロシアの画家。ロシアの昔話や英雄叙事詩、歴史を題材にした絵と、聖堂の壁画で知られる。トレチャコフ美術館の正面の設計も手がけた。
略歴BIOGRAPHY
生涯
日本語版ウィキペディアによれば、1848年5月15日、ヴャトカ県の村に生まれた。ロシア美術館によれば、村の司祭の子で、画家アポリナーリー・ヴァスネツォフの兄にあたる。1858年から1867年半ばまで、ヴャトカの神学校で学んだ。1867年から1868年に美術奨励協会の素描学校でイワン・クラムスコイに、1868年から1874年には途切れながら帝国芸術アカデミーで学んだ。1876年から1877年にパリを訪れ、1878年からモスクワに住む。1880年代の初めからは、モスクワ郊外アブラムツェヴォに集った芸術家の仲間に加わった。日本語版ウィキペディアによれば、1926年6月23日にモスクワで没した。
様式の変遷
ロシア美術館によれば、歴史や風俗の主題の絵のほか、聖堂の壁画、挿絵、舞台美術も手がけた画家である。日本語版ウィキペディアによれば、はじめは同時代の風俗を描いたが、のちにロシアの昔話や英雄叙事詩、歴史や宗教を題材にした絵で名を上げた。ロシア美術館によれば、キエフのウラジーミル大聖堂の壁画(1885〜1896年)や、ペテルブルクのハリストス復活大聖堂のモザイクの下絵(1893〜1901年)を描いた。
代表作
トレチャコフ美術館の《勇士たち》(1881〜1898年)のほか、昔話に取材した《アリョーヌシカ》や《地下王国の三人の王女》が知られる。
影響
ロシア美術館によれば、移動派の展覧会や「芸術世界」展などに出品し、1893年に帝国芸術アカデミーの正会員となったが、1905年にその称号を返上した。アブラムツェヴォの教会(1881〜1882年)や、トレチャコフ美術館の正面(1900年)は、彼の設計で建てられた。