
《自画像》(1868年)
Wikimedia Commons / Public domain- 生没年
- 1832–1890年
- 国籍
- ロシア帝国
- 様式
- 写実的な風俗画
本DB収録 1 点
ヴァシーリー・プーキレフ
Vassili Vladimirovich Pukiryov
1832年にロシアのトゥーラ県で生まれ、1890年にモスクワで没した画家。モスクワ絵画彫刻建築学校で学び、のちに教えた。親子ほど年の離れた結婚を描いた1862年の《不釣合いな結婚》で名を残した。
略歴BIOGRAPHY
生涯
ロシア語版ウィキペディアによれば、1832年、トゥーラ県カシーラ郡のルジニキ村に農民の子として生まれた。イコン画家のもとで修業したのち、モスクワ絵画彫刻建築学校で1847年から1858年まで学ぶ。トレチャコフ美術館によれば、同校ではミハイル・スコッティ、アポロン・モクリツキー、セルゲイ・ザリャンコら名高い肖像画家に師事し、はじめは肖像画家として出発した。1860年、習作《少女》で歴史画と肖像画の帝国美術アカデミー会員となる。ロシア語版ウィキペディアによれば、1861年から1873年まで母校で教え、アレクセイ・サヴラーソフとともに『素描教程』(1869年)を著した。1873年に体調を崩して教職を退き、1890年、モスクワで貧しいまま没した。
様式
トレチャコフ美術館によれば、肖像画から出発しながら、典型的な人物像や文学の登場人物を目に見える姿にすることに心を寄せた。人物を等身大に近い大きさで描き、見る者をその場に立ち会わせる構成で、身近な社会の問題を劇的に示した。
代表作
《不釣合いな結婚》(1862年、トレチャコフ美術館)、その下絵(同)、婚礼を主題にした《財産目録による持参金の受け取り》(同)が知られる。
影響
トレチャコフ美術館によれば、《不釣合いな結婚》は画家の生涯を代表する作品となり、「民衆の場面の絵画における格別の技と知識に対して」アカデミーの教授の称号をもたらした。一枚の風俗画をロシア社会の出来事にした作品として知られる。
代表作MAJOR WORKS
広告