
サラ・グッドリッジ《自画像》1822年、スミソニアン・アメリカ美術館
Wikimedia Commons / スミソニアン・アメリカ美術館 / Public domain- 生没年
- 1788–1853年
- 国籍
- アメリカ
サラ・グッドリッジ
19世紀前半のボストンで、象牙の薄板に水彩で肖像を描いた細密画家。独学で技を身につけ、注文をこなして一家の暮らしを支えた。
略歴BIOGRAPHY
生涯
1788年2月5日、マサチューセッツ州テンプルトンの農家に、9人きょうだいの6番目として生まれた。女性が絵を学ぶ機会はほとんどなく、紙が手に入らないころは白樺の樹皮に描いていたと伝わる。地元の学校とミルトンの寄宿学校で学んだのち、1820年にボストンへ移り、姉のもとで肖像細密画の仕事を始めた。同地でギルバート・ステュアートの知遇を得て、作品への助言と技法の指導を受けている。1851年に視力が衰えて筆を置き、1853年12月28日、ボストンで没した。生涯独身だった。
様式
象牙の薄板に水彩で描く、当時のアメリカで一般的だった形式を用いた。象牙の地の白さを透かして肌の明るさを出し、細い筆の点と線を重ねて陰影をつくる。顔立ちの特徴を控えめに整えながら、目もとの表情を落とさない描き方が評価された。妹も細密画家として働いた。
代表作
1825年に描いたステュアートの肖像は、本人が「自分の似姿として唯一まことのもの」と述べたと伝えられる。政治家ダニエル・ウェブスターとその家族の肖像を繰り返し手がけたほか、印刷業者アイザイア・トマス、ヘンリー・ノックス将軍らを描いた。自らの胸だけを描いて1828年にウェブスターへ贈った《あらわにされた美》(メトロポリタン美術館)は、20世紀末に知られるようになった。
影響
女性が画業で生計を立てることが難しかった時代に、注文の肖像で独立した暮らしを立てた例として取り上げられる。写真の普及とともに肖像細密画そのものが需要を失ったため、長く美術史の表に出なかったが、近年はアメリカの女性画家の再評価のなかで名が挙がる。