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ミハイル・ネステロフの肖像

1900年代の写真

Wikimedia Commons / Public domain
生没年
1862–1942年
国籍
ロシア
様式
移動派
本DB収録 1 点

ミハイル・ネステロフ

Mikhail Nesterov

ウファ生まれのロシアの画家。聖セルギイの生涯を描いた連作で名を知られ、教会の壁画も多く手がけた。北ロシアの静かな自然と祈る人々を描き、晩年は肖像画に力を注いだ。

略歴BIOGRAPHY

生涯

ロシア美術館の作家解説によれば、1862年にウファで生まれ、1942年にモスクワで没した。トレチャコフ美術館の回顧展に合わせたガリーナ・チュラークの論文によれば、ウファの商家に生まれ、1877年にモスクワ絵画彫刻建築学校に入って、ペローフとサヴラーソフに学んだ。1881年秋にペテルブルクの美術アカデミーへ移ったが、その空気になじめなかった。1886年に最初の妻マリヤを早くに亡くしたことが、画家としての転機になったという。ロシア美術館によれば、1888年からマモントフのアブラムツェヴォの芸術家の集まりに加わり、1896年に移動派の会員、1903年にロシア美術家同盟の創立会員となった。キエフのウラジーミル大聖堂(1890〜1895年)、アバストゥマニの聖アレクサンドル・ネフスキー教会(1902〜1904年)、モスクワのマルフォ・マリインスキー修道院(1910〜1912年)の壁画を手がけ、1942年にロシア共和国功労芸術家の称号を受けた。

様式

論文によれば、師のペローフから主題の「魂」を表すことを学び、初めは風俗画を描いたが、《隠者》(1888〜1889年)から独自の道を歩んだ。北ロシアの静かな自然と人を一つに描き、レヴィタンと並んで「気分の風景画」を作り上げた。平らな色面、くっきりとした線、律動を強める画風は、移動派の決まりを超えるものだった。1900年代半ばからは、家族や哲学者フロレンスキーとブルガーコフを描いた《哲学者たち》(1917年)など、風景を背にした肖像も多く描いた。

代表作

《少年ヴァルフォロメイの幻視》(1889〜1890年、トレチャコフ美術館)、《聖セルギイの青年時代》(1892〜1897年)、《大剃髪》(1898年)、《聖なるルーシ》(1905年、ロシア美術館)、《ルーシにて(民衆の魂)》(1914〜1916年)。

代表作MAJOR WORKS

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