
《父の肖像を描く自画像》(1762年、ヴェルサイユ宮殿)
Wikimedia Commons / ヴェルサイユ宮殿 / Public domain- 生没年
- 1707–1771年
- 国籍
- フランス
- 様式
- ロココ
ルイ=ミシェル・ヴァン・ロー
1707年にトゥーロンで生まれ、1771年にパリで没したフランスの画家。1737年から1752年までスペイン宮廷に仕え、豪華な舞台装置の中に王侯を描いた肖像画で知られる。
略歴BIOGRAPHY
生涯
プラド美術館の略伝によれば、1707年にトゥーロンで生まれ、1771年にパリで没した。フランスに根を下ろしたネーデルラント系の画家一族の出で、父ジャン=バティストに学んだ。トリノとローマを経てパリでアカデミーに通い、再びローマで叔父カルルとともに働いたのち、トリノの宮廷画家となった。1737年、リゴーの助言を受けたフェリペ5世に招かれ、ジャン・ランクの後任の宮廷画家としてスペインに来る。フェリペ5世の没後はフェルナンド6世の首席宮廷画家となり、サン・フェルナンド王立美術アカデミーの創設に深く関わって、1752年にその長に任じられた。同じ1752年にフランスへ帰国し、パリの人々は弟シャルル=アメデ(「プロイセンのヴァン・ロー」)と区別して「スペインのヴァン・ロー」と呼んだ。
様式
同館によれば、作品にはイタリアの影響がみられる。肖像画では、幕や豪華な調度をそなえた壮大な舞台に人物を置き、布地や宝石、勲章を描く巧みさと、モデルの人柄をとらえる力に優れた。神話の主題や、テニールス風のタペストリーの下絵も描いた。
代表作
《フェリペ5世の家族》(1743年、プラド美術館)が最もよく知られる。プラド美術館はほかに《王子ルイス・アントニオ・デ・ボルボン枢機卿》(1737年頃)、《イサベル・デ・ファルネシオ》《フェリペ5世》(ともに1739年頃)などを所蔵する。
影響
同館によれば、スペインでは模写の担い手たちが外交の贈り物となる肖像を複製し、その中に弟子のブノワ・ヴェルドがいた。帰国後は王家に重んじられてルイ15世を描き、叔父の後を継いで王立特待生学校の校長を務め、1753年から1769年までサロンに定期的に出品した。