
ルーベンスによる肖像(アントウェルペン、ルーベンスハイス)
Wikimedia Commons / ルーベンスハイス / Public domain- 生没年
- 1585–1653年
- 国籍
- 南ネーデルラント
- 様式
- フランドル・バロック絵画
ヤン・ウィルデンス
1585年か1586年にアントウェルペンで生まれ、1653年に同地で没したフランドルの画家。風景を専門とし、ルーベンスをはじめ同時代の画家たちの作品に背景の風景を描いた。
略歴BIOGRAPHY
生涯
プラド美術館の百科事典によれば、1585年か1586年にアントウェルペンで生まれた。無名の画家フェルフルストのもとで修業を始め、1604年に同地の聖ルカ組合に入った。1614年にはイタリアにおり、パウル・ブリルの作品を知って、より自然で写実的な作風へ向かう。1616年までにアントウェルペンへ戻り、ピーテル・パウル・ルーベンスとの共作を始めた。結婚の際にはルーベンスが立会人を務め、ルーベンスはのちに、ウィルデンスの妻の姪エレーヌ・フールマンと結婚している。1653年、アントウェルペンで没した。
様式の変遷
同百科事典によれば、初期の主な風景には、版画にされた十二か月の連作素描がある。イタリアでブリルに学んでからは筆が自由になり、1620年以降は、高い視点や広い眺望といった古いマニエリスムの傾向が作品から消えていく。生涯を通じて風景を専門とした。
代表作
同百科事典によれば、ルーベンスの物語画の背景の風景を数多く描いた。アルテ・ピナコテークは《レウキッポスの娘たちの略奪》(1618年頃)を、ルーベンス「とヤン・ウィルデンス」の作として登録している。ほかにヤーコプ・ヨルダーンス、フランス・スネイデルス、アブラハム・ヤンセンス、コルネリス・デ・フォス、ヘラルト・ゼーヘルス、コルネリス・スフート、テオドール・ロンボウツとも共作した。
影響
ルーベンスハイスによれば、ウィルデンスはルーベンスがたびたび組んだ相手で、ウィレム・ファン・ハーヒトの《コルネリス・ファン・デル・ヘーストの画廊》にも描きこまれている。これは当時の彼の重要さを示すものだという。同館は2018年、ルーベンスが描いたウィルデンスの肖像をコレクションに加えた。