- 生没年
- 1585–1634年
- 国籍
- ネーデルラント連邦共和国
- 様式
- オランダ黄金時代の絵画
ヘンドリック・アーフェルカンプ
1585年にアムステルダムに生まれ、1634年にカンペンで没した画家。生まれつき耳が聞こえず話せなかった。凍った水辺に集う人々を描く冬景色を専門とし、オランダで初めてこの主題を描いた。
略歴BIOGRAPHY
生涯
アムステルダム国立美術館によれば、薬剤師バーレント・ヘンドリクスゾーン・アーフェルカンプとベアトリクス・ペータース・フェーケマンスの長男で、1585年1月25日にアムステルダムの旧教会で洗礼を受けた。1586年に父がカンペンの町の薬剤師となり、一家は同地へ移る。生まれつき耳が聞こえず話せなかったため、「デ・ストム」「デ・ストンメ」(口のきけない人)と呼ばれた。1607年頃にアムステルダムで歴史画と肖像画の画家ピーテル・イサークスに学んだとみられ、1613年1月までにはカンペンに戻って、生涯その地で暮らした。1634年5月15日、カンペンのボーフェン教会(聖ニコラース教会)に葬られた。
様式
所蔵館によれば、主に「ウィンテルチェス」と呼ばれた冬景色を描いた。1608年と1609年の年記のある初期の作品は、フランドルの風景画家の影響と、ピーテル・ブリューゲル(父)の伝統に連なる物語の細部への関心を示し、後の作品では地平線が低くなって遠近もより自然になる。ロンドン・ナショナル・ギャラリーは、鋭く観察した水彩の素描をもとに、アトリエで画面を組み立てたとする。夏や川の風景もわずかに描き、ペン、チョーク、水彩の素描を数多く残した。
代表作
《スケーターのいる冬景色》(1608年頃、アムステルダム国立美術館)、《氷上の楽しみ》(1610〜1620年頃、同館)、ロンドン・ナショナル・ギャラリーの《町の近くの氷上の情景》が知られる。
影響
所蔵館によれば、冬とその楽しみを描いた最初のオランダの画家である。人物の習作や細かく描き込んだ素描の多くは、売るために描かれたとみられる。甥のバーレント・アーフェルカンプ(1612/13〜1679)は、叔父によく似た作風の絵を残した。