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ジョージ・フレデリック・ワッツの肖像

《自画像》1879年

Wikimedia Commons / Public domain
生没年
1817–1904年
国籍
イギリス
様式
象徴主義
本DB収録 1 点

ジョージ・フレデリック・ワッツ

George Frederic Watts

1817年にロンドンで生まれ、1904年に没したイギリスの画家・彫刻家。肖像画や風景画のほか、人生や社会を寓意で表す象徴主義の絵を描き、ヴィクトリア朝で最も偉大な画家と広くみなされた。

略歴BIOGRAPHY

生涯

ワッツ・ギャラリーによれば、彫刻家ウィリアム・ベーンズの工房で修業を始め、18歳でロイヤル・アカデミーの学生となったが、まもなく通わなくなった。1842年に新しいウェストミンスター宮殿の装飾の公募が告知されると入賞者の一人となり、賞金300ポンドでヨーロッパへ渡って、1847年までイタリアに住んだ。そこで見た美術に深く感化され、画家・彫刻家としての評判から「イギリスのミケランジェロ」と呼ばれた。1867年にロイヤル・アカデミーの准会員と正会員に相次いで選ばれる。1890年に2番目の妻メアリー・シートン・ワッツとサリー州コンプトンに移り、1891年から住まいと冬のアトリエ「リムナーズリース」で暮らした。1904年に没した。

様式の変遷

ワッツ・ギャラリーによれば、肖像画や風景画を描き、アイルランドの飢饉や動物虐待など同時代の主題も取り上げた。複雑な意味をこめた象徴主義の絵も描いた。テートの雑誌『Tate Etc』によれば、初期の作品は国会議事堂のための愛国的な物語画だったが、のちには人類の精神の歩みを象徴的な図像で表す「生命の家」という、現代のシスティーナ礼拝堂のような構想を抱いた。晩年は、脈打つ色の波で画面を満たす描き方へ向かった。

代表作

テート・ブリテンの《希望》(1886年)は、世界中で複製された最も名高い作品である。同じ構図を少なくとも6つの版で描いた。ほかに、晩年まで制作を続けたブロンズ像《フィジカル・エナジー》がある。

影響

ワッツ・ギャラリーによれば、ニューヨークのメトロポリタン美術館で個展を開いた最初の存命の画家となり、「国への寄贈」はテート・ブリテンとナショナル・ポートレート・ギャラリーの創設時の収集に大きく貢献した。1904年には、一人の画家に捧げたイギリス初の専用美術館、ワッツ・ギャラリーが開館した。『Tate Etc』は、《希望》が若いピカソの「青の時代」の先駆けとなった可能性を指摘している。

代表作MAJOR WORKS

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