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フランシスコ・プラディーリャ・オルティスの肖像

《自画像》1917年、キャンバスに油彩、プラド美術館

Wikimedia Commons / プラド美術館 / Public domain
生没年
1848–1921年
国籍
スペイン
本DB収録 1 点

フランシスコ・プラディーリャ・オルティス

Francisco Pradilla y Ortiz

1848年にサラゴサ近郊で生まれ、1921年にマドリードで没したスペインの画家。ローマで描いた《狂女フアナ》で名声を得た19世紀最後の歴史画の巨匠で、プラド美術館の館長も務めた。

略歴BIOGRAPHY

生涯

カルメン・ティッセン・マラガ美術館の画家紹介(ホセ・ルイス・ディエス執筆)によれば、1848年6月24日、サラゴサ県のビリャヌエバ・デ・ガリェゴに生まれた。サラゴサで画家で舞台美術家のマリアノ・ペスカドールに学び、マドリードの絵画・彫刻・版画特別学校で数年学んだのち、1874年に給費生としてローマへ渡って3年間を過ごした。1881年にサン・フェルナンド王立美術アカデミーの会員に選ばれ、在ローマ・スペイン美術学院の院長となる。1896年、パルマローリの死を受けてプラド美術館の館長に就いた。1921年11月1日、マドリードで没した。

様式の変遷

同紹介によれば、19世紀最後の四半世紀のスペインを代表する画家の一人で、この世紀最後の歴史画の巨匠とされる。ペスカドールからは、その歴史画に特有の、舞台のように見せ場の多い外観を学んだ。生前の大きな名声から、マドリードの上流社会に求められて邸宅の装飾や肖像を手がけ、庶民の暮らしを描く風俗画や風景画も数多く残した。

代表作

ローマで描いた《狂女フアナ》(1877年、プラド美術館)は、生涯にわたって多くの異作を描くことになった主題である。1882年にスペイン上院の注文で描いた《グラナダの降伏》も同じく名高く、イサベル・カトリック勲章大十字章をもたらした。

影響

同紹介によれば、《狂女フアナ》は1878年の全国美術展と同年のパリ万国博覧会で名誉賞を受け、画家の名声をマドリードからフランス、ヨーロッパ各地へ広げた。フランスのレジオン・ドヌール勲章を受け、1882年のウィーン万国博覧会でも名誉賞を得て、フランス学士院の会員にも名を連ねた。

代表作MAJOR WORKS

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