
ロベルト・ウィレムスゾーン・デ・バウドゥスによる肖像版画(版画集『低地ドイツの名高い画家たちの肖像』所収)。銘に「22歳、1584年」とある
Wikimedia Commons / Public domain- 生没年
- 1562–1638年
- 国籍
- ネーデルラント連邦共和国
- 様式
- ハールレム・マニエリスム
コルネリス・ファン・ハールレム
16〜17世紀のハールレムの画家。ゴルツィウス、ファン・マンデルとともに「アカデミー」を開いて町を美術の中心地にし、筋肉質の裸体を複雑な姿勢で描くハールレム・マニエリスムを担った。
略歴BIOGRAPHY
生涯
シュテーデル美術館の画家解説によれば、1562年にハールレムの織物商コルネリス・トマスゾーンとアレイト・ヤコプスドホテルの子として生まれ、のちに故郷の町の名を名のった。スペイン軍の占領下の1572年から1577年、両親はハールレムを離れ、少年を画家ピーテル・ピーテルスゾーンに預け、のちにその弟子となった。1579年にフランスへの旅に出たが、ペストの流行したルーアンで引き返し、アントウェルペンでヒリス・コワニェのもとで1年働いた。1580年頃ハールレムに戻り、1583年には最初の市民隊の集団肖像画の注文を受けている。1600年に市長の娘と結婚し、老人救護院(オウデ・マンネンハイス)の理事や聖ルカ組合の新しい規約の署名者など町の要職も務めた。1638年11月11日にハールレムで没した。
様式
同館によれば、初期の作品にはフランドルの影響が残るが、1580年代の終わりには、ヘンドリック・ゴルツィウスとバルトロメウス・スプランヘルが打ち立てたマニエリスムの様式に取って代わられた。デンマーク国立美術館は、コルネリスが筋肉の盛り上がった裸体と複雑な姿勢に自らの芸術の理想を注ぎ込んだとし、その作品をハールレム・マニエリスムの例とする。
代表作
デンマーク国立美術館の《ティタンの堕落》(1588〜1590年)は、1621年にデンマーク王クリスチャン4世が購入した大作である。シュテーデル美術館は《キリストの哀悼》を所蔵する。
影響
シュテーデル美術館によれば、ハールレムに住んでいたゴルツィウス、1583年から同地に住んだカレル・ファン・マンデルとともに「アカデミー」を開き、ハールレムを美術の重要な中心地にした。弟子にヘリット・ピーテルスゾーン、コルネリス・ヤコプスゾーン・デルフらがおり、孫のコルネリス・ベハはのちに風俗画家になった。