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Wikimedia Commons / Public domain- 生没年
- 1783–1853年
- 国籍
- デンマーク
- 様式
- 新古典主義
クリストファー・エカスベア
1783年にシュレースヴィヒのブロークロウで生まれ、1853年にコペンハーゲンで没した画家。パリでダヴィッドに学び、王立美術アカデミーの教授として多くの画家を育て、「デンマーク絵画の父」と呼ばれる。
略歴BIOGRAPHY
生涯
デンマークの国の百科事典『レックス』によれば、1783年1月2日に北シュレースヴィヒのブロークロウに生まれ、南ユトランドのスンデヴェズで育った。オーベンローで画家ヤス・イェッセンに学び、1803年にコペンハーゲンへ出て王立美術アカデミーでニコライ・アビルゴーに師事した。1809年にアカデミーの大金賞を受け、1810年からパリとローマへ学びの旅に出る。パリでは当代随一の画家ジャック=ルイ・ダヴィッドに学び、1813年からはローマで古代の遺跡を描いた。1816年に帰国し、1818年からアカデミーの教授を務めた。1853年7月22日、コレラの流行のなかコペンハーゲンで没した。
様式の変遷
同事典によれば、ダヴィッドの勧めで自然に即して描くことを学び、彫刻のような人物と、固有色に重きを置く明快な色を結びつけた。ローマでは、ラファエロやプッサンの芸術に学んで、移ろう印象を簡潔にし、調和のとれた比例と遠近の効果に心を注いだ。帰国後は肖像画や歴史画、祭壇画を描き、晩年は天候や光を細かく記した海景画を、デンマークの新しい分野として切り開いた。
代表作
ヒアシュプロング美術館の《鏡の前で髪を結う裸婦》(1841年)、デンマーク国立美術館の《コロッセオ第3層の3つのアーチ越しの眺め》(1815年)と《ナタンソン家の人々》(1818年)が知られる。
影響
同事典によれば、アカデミーの教授として、1820年代から1830年代に学んだクリステン・クプケやコンスタンティン・ハンセンら多くの若い画家に影響を与え、「デンマーク絵画の父」と呼ばれる。自然の研究を勧めて風景画に新しい道を開き、遠近法の著書『絵画に応用した線遠近法』(1841年)を刊行した。女性の裸体モデルの授業をアカデミーに取り入れ、モデルの研究も新しくした。