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アレクサンデル・ギェルィムスキの肖像

《パレットを持つ自画像》1891〜1892年(ワルシャワ国立美術館旧蔵、第二次世界大戦中に失われた)

Wikimedia Commons / Public domain
生没年
1850–1901年
国籍
ポーランド
様式
写実主義
本DB収録 1 点

アレクサンデル・ギェルィムスキ

Aleksander Gierymski

ポーランドの画家。ミュンヘンで学び、ワルシャワの貧しい地区の人々を写実的に描いた。のちには光と色の効果を探り、パリやミュンヘンの夜の街を描いて、ポーランド絵画の新しい色彩表現の先駆けとなった。

略歴BIOGRAPHY

生涯

アダム・ミツキェヴィチ研究所の解説によれば、1850年、代々ワルシャワに住む知識人の家に生まれ、画家マクシミリアン・ギェルィムスキの弟だった。1867年にワルシャワの素描学校に入り、翌年ミュンヘンへ移って美術アカデミーで学び、1870年から1872年にはカール・フォン・ピロティのもとで構図を磨いた。ワルシャワの雑誌の挿絵画家としても働く。1873年からは主にローマに住み、1880年初めにワルシャワへ戻って、旧市街やポヴィシレ、ソレツといった貧しい地区の暮らしを描いた。1885年からはほとんど国外で暮らし、1890年秋にはパリで初めて多くの印象派の絵を見た。1893年末にクラクフを訪れたが、ポーランドの美術界から孤立した思いを深め、1894年に国を離れて二度と戻らなかった。晩年は心の病に苦しみ、1901年にローマで没した。

様式

同研究所によれば、ポーランドの写実主義を代表する画家の一人で、19世紀末のポーランド絵画における光と色の実験の先駆けだった。感情を表に出さず、冷静で几帳面な観察者として自然に向き合い、とりわけ光と、光が色合いに与える変化に心を奪われた。初めは細部まで正確に写したが、やがて人物を周りの景色に溶け込む色の斑点として扱うようになり、夜の街の灯や川面の照り返しを描いた。

代表作

《オレンジを持つユダヤ人の女性》(1880〜1881年頃、ワルシャワ国立美術館)、《あずまやで》(1882年)、《ラッパの祭り》(1884年)、《夜のパリ・オペラ座》(1891年)、《セーヌ河畔の夕べ》(1893年)、《農民の棺》(1894〜1895年)が知られる。

影響

ワルシャワ国立美術館は、画家がこのころ描いたワルシャワの街の場面や物売りの素描を、首都のまたとない記録とする。多くは新聞の挿絵として発表された。

代表作MAJOR WORKS

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