
肖像写真
Wikimedia Commons / Public domain- 生没年
- 1868–1907年
- 国籍
- イタリア王国
- 様式
- 分割主義
ジュゼッペ・ペリッツァ・ダ・ヴォルペード
1868年にイタリア北部ピエモンテのヴォルペードで生まれ、1907年に同地で没した画家。イタリアの分割主義を代表する一人で、労働者の行進を描いた《第四階級》は20世紀イタリアの象徴となった。
略歴BIOGRAPHY
生涯
トレッカーニのイタリア人名事典によれば、1868年7月28日、アレッサンドリア県ヴォルペードの裕福な農家に生まれた。父は急進的なガリバルディ派だった。1884年からミラノのブレラ美術アカデミーで学び、ローマのサン・ルカ・アカデミー、フィレンツェの美術アカデミーでジョヴァンニ・ファットーリに、ベルガモのアカデミア・カッラーラにも学んだ。1891年、故郷の生家の隣にアトリエを構える。1892年にテレーザ・ビドーネと結婚した。1907年、生まれたばかりの長男と妻を相次いで亡くし、6月14日にヴォルペードのアトリエで自ら命を絶った。
様式の変遷
同事典によれば、1892年、画家プリニオ・ノメッリーニの勧めで、セガンティーニやモルベッリ、プレヴィアーティらが試みていた分割主義の技法に向かった。1894年のブレラの展覧会に初めての分割主義の作品を出し、最も方法的で正統的な分割主義の実験者の一人となった。1899年のセガンティーニの死後は、精神的な調子の風景画への関心を強め、《第四階級》の評価が振るわなかったのちは、ほとんど風景画に専念した。
代表作
ミラノ近代美術館に展示される《第四階級》(1898〜1901年)のほか、ミラノのブレラ美術館の《フィウマーナ》、トリノ近代美術館の《生命の鏡》(1898年)、ローマ国立近代美術館の《太陽》(1904年)が知られる。
影響
同事典によれば、《第四階級》はたちまち20世紀の革命の象徴となり、画家には社会党からの立候補の誘いもあったが断った。1906年にはしばらくローマに移り、のちに未来派を起こすジャコモ・バッラ、ウンベルト・ボッチョーニ、ジーノ・セヴェリーニと交わった。