
ブレイディ=ハンディ・コレクションの肖像写真(19世紀)
Wikimedia Commons / アメリカ議会図書館 / Public domain- 生没年
- 1813–1894年
- 国籍
- アメリカ合衆国
- 様式
- 肖像画
ジョージ・ピーター・アレキサンダー・ヒーリー
ボストン生まれのアメリカの肖像画家。パリでグロとクチュールに学び、生涯の多くをヨーロッパで過ごした。歴代のアメリカ大統領を描き、リンカーンと将軍たちの《和平の使者たち》でも知られる。
略歴BIOGRAPHY
生涯
スミソニアン・アメリカ美術館の略歴によれば、1813年7月15日にボストンに生まれた。1830年、画家トマス・サリーの励ましで画室を開き、1834年から1842年までヨーロッパに渡って、パリで男爵グロとトマ・クチュールに学び、イタリアも訪れた。1839年にイギリスでルイーザ・フィップスと結婚した。1842年と1844〜1845年には、フランス王ルイ=フィリップの依頼でワシントンに戻り、タイラー大統領らの肖像を描いた。1855年から1867年まではシカゴに住み、シカゴ美術館の創設者の一人となった。1867年から1892年まではパリやローマなどヨーロッパとアメリカを行き来し、晩年はシカゴに戻って、1894年6月24日に同地で没した。
様式
同館によれば、16歳で初めて絵筆をとって画家を志し、ボストンに画室を開いたが注文はなく、家賃の代わりに家主の家族の肖像を描いたのが、最初に展示した作品だった。生涯の多くをフランスで過ごし、フランス王家の人々や、ヨーロッパとアメリカの名士の肖像画を描いた。
代表作
ホワイトハウス歴史協会によれば、1857年にはジョン・クインシー・アダムズからフランクリン・ピアースまで6人の大統領の肖像を依頼された。南北戦争の終わりのリンカーンと将軍たちを描いた《和平の使者たち》(1868年、ホワイトハウス)と、その姿勢をもとにした1869年のリンカーンの肖像が知られる。
影響
同協会によれば、このリンカーンの肖像は、当初グラント大統領に退けられたが、リンカーンの長男ロバートが買い取り、1939年に一族の遺贈でホワイトハウスに入った。以来、ステート・ダイニング・ルームの暖炉の上に掛けられ、数百万の見学者の目に触れてきた。