
雑誌『Hver 8. Dag』1900年掲載の肖像写真
Wikimedia Commons / Public domain- 生没年
- 1834–1890年
- 国籍
- デンマーク
カール・ハインリッヒ・ブロッホ
1834年にコペンハーゲンで生まれ、1890年に同地で没したデンマークの画家・版画家。ローマで描いた劇的な大画面で名を上げ、歴史画や祭壇画、イタリアやデンマークの人々を描いた風俗画を手がけた。
略歴BIOGRAPHY
生涯
デンマーク国立美術館の記録によれば、1834年5月23日に生まれ、1890年2月22日に没した。デンマークの百科事典『デン・ストア・ダンスケ』によれば、コペンハーゲンの安定したキリスト教徒の家庭に、10人きょうだいの2番目として育ち、1849年から1853年まで王立美術アカデミーでヴィルヘルム・マーストランに学んだ。1853年にシャルロッテンボーの展覧会で初めて出品する。1860年代にはローマに長く滞在し、劇的な場面を描く大画面で国の新しい花形の地位を固めた。1864年にトーヴァルセン・メダルを受け、1868年にローマで結婚し、1873年からは王立美術アカデミーの教授を務めた。
様式の変遷
同事典によれば、マーストランの語るような画風に強く影響され、はじめはデンマークやイタリアの民衆の暮らしを描いた。ローマ時代にはバロックに学んだ記念碑的な画面で神話や歴史、日常の場面を描き、のちには次第に写実へと向かう。美術館は、物や衣服を目を見張る写実で描く腕前と、強い物語性を特徴に挙げる。78点のエッチングを残した版画家でもあり、レンブラントの版画の明暗に学んだ。
代表作
デンマーク国立美術館の《ローマのオステリアにて》(1866年)は、画家の最も人気のある風俗画の一つである。ギリシア国王ゲオルギオス1世の注文による《プロメテウスの解放》(1864年)、フレデリクスボー城にある《ソナボー城のクリスチャン2世》(1871年)も知られる。
影響
同事典によれば、醸造家J・C・ヤコブセンの注文で、1865年から1879年にかけてフレデリクスボー城の礼拝堂のクリスチャン4世の祈祷室を、キリストの生涯の23の場面で飾った。存命中は高く称えられたが、のちには色が派手で感傷的すぎると評されることも多かった。